事業承継を検討している経営者のなかには、後継者の候補を探し出すのに苦労している人は少なくはありません。
実際に事業承継を実現するにあたって、後継者の育成や事業計画の立案などの準備が求められます。
近年の第三者承継では、後継者がいない経営者を支援する機関として注目されています。
そこで本記事では、第三者承継と事業承継について解説します。
これから事業承継を検討している経営者と後継者は、必見です。
【この記事でわかること】
- 第三者承継で引き継がれる要素には人(経営)・資産・知的資産がある
- 第三者承継で経営課題の早期解決につながる可能性がある
- 企業が債務超過の状態では事業承継が難しくなる
- 第三者承継以外に親族内承継・従業員承継・信託による承継・上場による承継もある
- 業績が良好で後継者を見つけられない会社に向いている
- 業績改善の見通しが立たない会社に向いていない
- 第三者承継は経営状況と課題の把握・課題解決・計画・実行の流れで進める
- 第三者承継を行う前に廃業のリスクと金銭面に配慮する
- 第三者承継を成功させるポイントは専門家・公的支援を活用すること
第三者承継は事業承継の候補者を外部に求める(M&A)
第三者承継は自分の家族や会社の従業員以外の候補者、もしくは会社に事業を引き継ぐ手続きです。
企業の合併と買収を意味する「M&A」の手法に基づいて事業継承を行います。
株式会社の場合は株式の譲渡や売却、個人事業主の場合は事業をすべて譲渡できるように計画的な準備を検討すべきです。
しかし、近年では家族や従業員による承継が難しいケースが増えているため、候補者を外部に求める第三者承継が注目されています。
第三者承継で引き継がれる要素は3つある
人(経営) | 経営権 |
---|---|
資産 | 株式、事業用資産、資金 |
知的資産 | 経営理念、ノウハウ、顧客情報、知的財産権、許認可など |
事業承継は一般的に、株式の譲渡と経営者の交代を行う手続きとして考えられています。
しかし、事業承継後に後継者が安定した経営を行うためには、経営資源を5~10年かけて承継する必要があります。
経営資源は「人(経営)」「資産」「知的資産」の要素があるため、長期的な計画のもとで承継を着実に進めなければなりません。
3つの経営資源について、詳しく解説します。
人(経営)の承継には時間がかかる
人と経営の承継は、後継者に会社の経営権を移転するため、事業承継のなかでもっとも重要な引き継ぎです。
株式会社の場合は、株式と議決権の移転に伴い、代表者の交代が行われます。
また、個人事業主であれば、承継する会社の経営者による廃業もしくは後継者の開業により、第三者承継が成立します。
第三者承継において後継者の実力次第で、今後の事業の行方が決まるため、後継者の選定はかなり重要な課題です。
特に中小企業や個人事業の場合は、取引関係や運営業務を経営者に集中しがちです。
将来的な事業の業績と運営は、後継者の資質に左右される可能性があります。
また、親族内承継や従業員承継は後継者を選定したのちに、経営に必要な能力と引継を5~10年ほどかけて行います。
将来的に経営権の承継を考えている場合は、なるべく後継者の選定を早期に開始すべきです。
資産の承継には税金がかかる
資産の承継では、株式や事業用資産、資金の引継を行います。
ただし、贈与税や相続税が発生する可能性があります。
法人であれば、会社保有の資産価値は株式でまとめられるため、基本的に株式の承継が必要です。
一方で個人の場合は、多くの経営者が個人的に資産を保有しているため、それぞれの資産を承継しなければなりません。
もし後継者に資金力が足りなければ、経営が安定しない可能性が考えられるため、課税の負担に配慮した承継方法を考える必要があります。
また、親族内承継においては、株式や事業用資産以外の個人財産の承継や推定相続人との関係も検討すべきでしょう。
経営者の個人的な負債の承継を行う場合は、税理士などの専門家に相談すると早期の解決が期待できます。
知的資産の承継には周囲の理解が必要になる
知的資産とは、主に下記の項目が挙げられます。
- 従業員
- 特許
- 商標
- 経営手法
- 取引先の情報
これら知的資産は、会社の成長に欠かせない強みであり、基本的に貸借対照表に明記されている資産以外の無形資産です。
事業承継の後継者は、経営者の交代に伴う従業員との信頼関係について理解しなければなりません。
特に中小企業では、経営者と従業員との信頼関係が会社の事業において重要です。
理解が少ない後継者が引き継ぐ企業では、交代した途端に従業員が辞職する可能性も少なくはありません。
円滑に事業承継を行う際は、知的資産の可視化を行い、関係者との認識の共有が必要です。
第三者の税理士や弁護士などの専門家に報告書の作成を依頼するだけでは、事業承継につながらないでしょう。
第三者承継では事業の存続と個人保証の解放ができる
第三者承継の長所は、家族や社内に後継者がいない場合に事業の存続をもたらす点です。
かつては後継者が見つからなかった場合に廃業を選ぶ経営者がほとんどでしたが、現在では会社や事業の売却の選択肢を持つ経営者が増えています。
また、資金調達のために個人保証を設定している経営者は、第三者承継によって解放される点も長所の1つです。
そのため、会社の倒産に伴う借金の肩代わりを抱える心配はありません。
既存の経営者とは異なる価値観や知識を持つ後継者の取り組みにより、すでに抱えている経営課題の早期解決が期待できます。
第三者承継では後継者を見つけられない可能性がある
第三者承継の短所は、後継者を見つけられない可能性がある点です。
第三者承継では、事業承継の仲介を行う会社や国の公的機関の協力を得て後継者を探します。
しかし、事業承継を考えている会社で必ずしも後継者が見つけられるとは限りません。
たとえば、すでに債務超過の状態で改善の見通しが立たない場合は、売却が難しくなる可能性があります。
仮に後継者を見つけられても、希望する取引金額や従業員の処遇の条件を果たせない場合も少なくはありません。
後継者の経営方針が売却前とまったく異なる場合は、従業員にも影響を与える可能性が高くなります。
第三者承継以外の事業承継で経営を継続する
第三者承継以外の事業承継には、以下の4つがあります。
- 親族内承継を行う
- 役員・従業員承継を行う
- 信託を活用した事業承継を行う
- 株式公開による上場で事業承継を行う
それぞれ解説します。
親族内承継を行う
親族内承継とは、現在の経営者の子や親族に承継してもらう方法です。
親族内承継の長所は、社内や周囲の理解が早い点です。
しかし、親族のなかに適任者がいない場合は、外部で後継者を探す必要があります。
ただし、後継者以外の相続人がいる場合は、経営権や財産の所有権の集約は難しくなります。
現在の経営者が遺言で後継者を指名している場合は、遺族との法的紛争に発展する可能性は低いでしょう。
仮に遺言がない場合は、遺産分割協議にて後継者への相続について話し合いが必要です。
近年では、家業に縛られない職業選択多様な価値観が広められています。
子や親族とはいえども、必ずしも経営に対する理解や知識が十分とはいえない可能性はありえます。
後継者としての育成には、長期的な目線で準備を進めるといいでしょう。
役員・従業員承継を行う
社内の役員、もしくは従業員に事業承継を行う方法があります。
後継者に適任の人物が、会社の事業内容や経営について充分理解している場合は、育成に手間をかけずに承継できる長所があります。
現在の取引先や従業員の理解が早いため、信頼関係の維持が期待できるでしょう。
しかし、後継者の資力が足りない場合は、株式の買取が難しい可能性があります。
仮に従業員承継を行うまでに、現在の経営者の親族や後継者の配偶者から、事業承継で発生する費用について理解を得る必要があります。
後継者が経営に関われる環境整備が不十分な場合は、事業承継が難しくなるため、他の方法を検討しなければなりません。
また、従業員承継には、会社の株式や資産の相続において、所有と経営の分離が生じやすい短所があります。
承継にあたって、買手に株式の対価を支払ってもらう有償譲渡が一般的であるため、譲渡されると所得税が課せられます。
また、資金調達や経営者の親族との合意形成は必要不可欠です。
長年、社内で働いてきた従業員に対する教育に手間がかからない分、紛争を回避するために関係者との同意を得られる環境づくりが重要です。
信託を活用した事業承継を行う
信託を活用した事業承継とは、内閣総理大臣の登録を受けた信託会社を受託者として権限を移転する方法です。
現在の経営者の意思と判断が明確なうちに、株式などの信託契約を締結します。
万が一、本人が認知症で判断が難しくなった場合に、事業承継への影響を低減できる手段の1つです。
財産の信託は契約にもとづいて管理が行われるため、経営者の意思を尊重できる長所があります。
また、株式の譲渡がないため、原則課税がありません。
さらに2代先の後継者を指名できますが、適任者を早いうちに探す必要があります。
信託を活用した事業承継は、今までに事例が少ないため、周りからの理解を得る努力が求められます。
法務や税務の面で取り扱いに不安がある場合は、弁護士や税理士、信託会社に相談するといいでしょう。
株式公開による上場で事業承継を行う
株式公開とは、IPO(Initial Public Offering)として知られており、上場するために株式を一般市場に公開して投資家が自由に売買できる状態にします。
事業承継においては候補者を複数の中から探せる一方で、適任者を見つけたり、教育したりする労力が必要です。
もし自社が非上場企業で株の評価額が高い場合は、上場していない理由で株を売れない可能性があります。
売れない場合は、株の評価額を下げて節税対策を行ったり、後継者の資金調達に苦労したりするでしょう。
しかし、株式公開による上場を行うと、株を売却して納税や経費の支払いに充てられるという特徴があります。
株を保有した状態で事業承継を行うよりも株式公開で売却して現金にすると、上場したあとに発生する支払いに対応可能です。
上場企業として株式公開を行うと、知名度と信頼度が高まるため、事業の拡大や資金調達の面で恩恵を受けられるでしょう。
上場を行うためには、証券取引所が定める条件を満たさなければなりません。
条件を満たすには、内部統制の確立や専門家からの支援、決算書公開のために必要なシステムの構築に費用が発生します。
なかには株の買い占めを行い、経営権の支配を企む投資家も存在するため、後継者を巻き込む事態を回避する対策が必要です。
第三者承継に向いている会社の特徴
第三者承継に向いている会社は、以下のような特徴があります。
- 後継者がいない理由で譲渡を検討している会社
- 第三者承継を積極的に行う業種の会社
- 借入金が少ない会社
- 業績が良好な会社
- 経営者への依存度が低い会社
第三者承継を成功させるためには、会社の事業価値を高め、継続的に利益を出し続けられる経営体制に整える必要があります。
しかし、節税にこだわりすぎると利益が減るために営業権の評価が下がり、結果的に手取り額が減ります。
利益を生まない会社として判断されると、買収会社の意欲低下にもつながりかねません。
第三者承継の準備には、株主総会の議事録や定款、貸借対照表などの適切な管理体制の構築が必要です。
また、経営者の身内に株主がいる場合は、第三者承継に反対する可能性があります。
もし第三者承継に異を唱えられると、事業承継の手続きが滞る要因になるため、準備の初期段階で関係者からの合意が必須です。
第三者承継に向いていない会社の特徴
第三者承継に向いていない会社は、以下のような特徴があります。
- 第三者承継に消極的な業種の会社
- 譲渡希望額が高額な会社
- 1人社長の会社
- 長期的に赤字を出している会社
- 資金繰りが困難な会社
経営状況が明らかに悪化していたり、経営者に業務が集中していたりすると、事業承継が難しくなる可能性があります。
経営する会社の業種が第三者承継に消極的な場合は、後継者を見つけるまでに時間がかかるため、早期の準備が必要になります。
一過性の赤字があったとしても、同業他社にはない強みがある場合は、買取に応じてもらえるでしょう。
また、譲渡希望額があまりにも高い会社は買取を拒否される場合が多いため、市場に適した価格に設定にすべきです。
仮に後継者を見つけたとしても、将来的に事業の見通しが立たない場合は、承継を断られる可能性も視野に入れましょう。
拒否される可能性があるとしても、会社の良い面と悪い面をすべて伝える必要があります。
第三者承継の進め方
実際に第三者承継を行うためには、以下の手順で進めます。
- 経営状況と課題を可視化する
- 課題解決と組織体制を整える
- 事業承継の計画を立てる
- 事業承継を実行する
それぞれ解説します。
①経営状況と課題を可視化する
事業承継を円滑に進めるためには、現在の経営状況と課題を可視化する必要があります。
後継者に承継したあとの成長性や収益性を予測したうえで、継続的な経営のために、自社の強みと弱みを活かした方向性を明確にしなければなりません。
経営の現状把握において、専門家の支援を受けながら課題の発見と、貸借対照表の数字だけでは見えない部分の可視化が求められます。
②課題解決と組織体制を整える
会社の経営状況と課題の可視化ができたら、課題解決に向けた取り組みと組織体制を整える必要があります。
後継者の候補がいる場合は、承継における意思の確認や経営者としての適性や年齢、能力などを総合的に判断すべきです。
後継者がいない場合は、従業員承継や親族内承継、信託を活用した承継などを検討しましょう。
場合によっては、親族の株主や取引先から反対の意見が生じる可能性もあります。
なるべく法的紛争に発展しないように、相続する財産や税金の試算、納税方法について事前に対策を練りましょう。
③事業承継の計画を立てる
自社の経営状況や課題を踏まえて、中長期的な目標と方向性にもとづいた計画を立てる必要があります。
将来の事業の発展と新規事業に挑戦する場合は、具体的な計画を立てると良いでしょう。
今後の組織体制を検討し、事業利益などの指標の落とし込みが求められます。
事業承継を実行したあとの目標達成は、後継者が担うため、後継者とともに計画と目標を立てるのが望ましいでしょう。
④事業承継を実行する
事業承継が実行されたあとは、事業の成長のために、経営状況の変化に応じて計画の修正と立て直しを検討する時間が必要です。
事業承継を実行してから間もない頃は、法的な手続きや納税が発生するため、弁護士や税理士の支援を受けながら計画を進めると良いでしょう。
第三者承継の場合は、実行するまでに自力では事業承継に必要な業務の遂行が難しいため、仲介事業者に相談すべきです。
仲介事業者の候補としては、公的機関の事業引継ぎ支援センターや専門業者が挙げられます。
事業承継を考え始めたときに、後継者が引き継ぎたくなるような経営状況の引き上げや、企業価値を高める努力が必要です。
会社としての信頼度や認知度、知的財産の磨き上げには、専門家や金融機関からの助言を求めると良いでしょう。
第三者承継を行うときの注意点
第三者承継を行うときの注意点は、以下のとおりです。
- 事業継承ができない場合は廃業のリスクがある
- 後継者の金銭面で負担が大きくなる
一つずつ解説します。
事業継承ができない場合は廃業のリスクがある
事業承継が困難な場合は、廃業のリスクが懸念されますが、経営状況の可視化や事業再生によって継続できる可能性があります。
また、現在の経営者と従業員及び取引先との関係によって継続が望まれる場合もあるため、事業の改善の努力は欠かせません。
事業承継の支援機関から廃業の提案をされたとしても、最大限の改善を行ってから検討すべきです。
しかし、債務超過や赤字が続く場合は、やむを得ず倒産の決断が必要となる場合もあります。
円滑に廃業を進めるためには、以下の施策が必須です。
- 財務状況の把握
- 債務整理
- 廃業資金の確保
- 関係者への説明
もう一つの注意点を見ていきましょう。
後継者の金銭面で負担が大きくなる
第三者承継を実行するにあたって、後継者に税金の負担が発生します。
株式の譲渡を行う場合は、後継者は買取費用、経営者は所得税を納税しなければなりません。
また、贈与を行うときは贈与税、相続を行う場合は相続税が課税されます。
しかし、事業承継では相当な金額を支払わなければならないため、資金の準備が必須です。
さらに専門家の支援を受ける場合は報酬が必要になるため、円滑に進まない可能性も視野に入れましょう。
第三者承継を成功させるポイント
第三者承継を円滑に成功させるポイントは、以下のとおりです。
- 後継者の育成に5~10年かける
- 専門家に相談しながら事業承継の準備する
- 公的支援を活用する
それぞれ詳しく解説します。
後継者の育成に5~10年かける
後継者の確保ができたら、適性や能力に応じて経営者としての教育に5~10年の時間を費やす必要があります。
法人の場合は、経営権と株式の承継を行うため、会社法にもとづいた手続きを進めなければなりません。
後継者に求められる資質は、経営能力以外にも現場の実務経験や決断力が挙げられます。
経営者の候補を選ぶ際は、業務内容の理解や物事を捉える目線はもちろん、従業員や取引先との信頼関係の構築に必要な人間性の見極めが重要です。
また、経営を引き継ぐ強い覚悟のもとで、後継者の身内に理解を得られなければなりません。
専門家に相談しながら事業承継の準備する
事業承継は、自力による後継者探しや準備には時間と手間がかかるため、専門家に相談しながら進めるといいでしょう。
特に第三者承継に強い専門家は、弁護士や税理士、公認会計士が挙げられます。
弁護士は、経営者の代わりに事業承継に伴う法的な課題を洗い出し、契約書の作成まで支援を行います。
税務に関する支援は税理士、財務に関する調査や監査証明業務の支援は公認会計士がおすすめです。
公的支援を活用する
第三者承継は、国の支援機関である事業引継ぎセンターから支援を受けられます。
事業引継ぎセンターは、窓口相談や後継者がいない中小企業に対して支援事業を行う機関です。
全国の都道府県に設置されているため、居住地域で公的支援を活用できます。
相談や支援以外にも、事業承継計画の策定やセミナーの実施が行われています。
すでに後継者の確保ができている場合は、必要に応じて弁護士などの専門家に相談しましょう。
第三者承継で事業を継続できる
本記事では、第三者承継、事業承継について解説しました。
従来の親族内承継や従業員承継以外にも第三者承継、信託を活用した承継、株式公開による上場で承継ができる手段が登場しています。
しかし、過去に事例が少ない承継方法を選ぶ場合は従来の事業承継の手順とは異なるため、専門家に相談してから手続きを進めると良いでしょう。
事業承継を検討している経営者は、後継者が承継したくなるような会社に磨き上げる努力が必要です。
もし、自社の業績が良好にもかかわらず後継者がいない場合は、第三者承継で事業継続の方法も検討しましょう。